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大阪高等裁判所 昭和33年(ラ)96号 決定

抗告人 駐留軍要員健康保険組合

相手方 羽賀田寛司

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙に記載する以外は原決定の理由中に摘示する通りであるから、こゝにそれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

抗告人が相手方に対する一、二〇〇万余円の保険金支払名義による金員詐取を原因とする損害賠償請求権の内六〇万円の債権執行を保全するため神戸地方裁判所に仮差押命令を申請し(同庁昭和三一年(ヨ)第四五九号不動産仮差押申請事件)相手方に対し一〇万円の保証を立てて右命令を得、その決定正本が同年一一月一三日相手方に送達されたこと、抗告人が相手方に対し右仮差押命令申請原因である損害賠償請求権一、二〇〇万余円の内一〇〇万円の債権を請求原因とする本案訴訟を提起し、(神戸地方裁判所昭和三二年(ワ)第一四〇号損害賠償請求事件)請求通りの判決を得てそれが確定してはいるが、抗告人は更に別に相手方に対し同損害賠償債権の内五〇万円を被保全権利とする仮差押命令を申請し、(神戸地方裁判所昭和三一年(ヨ)第四六〇号動産仮差押申請事件)相手方に対し一〇万円の保証を立てゝ申請通りの命令を得、その決定正本が同年一一月二日相手方に送達された後右確定判決を得て担保の事由が止んだとして右保証の取消の申請をし、(神戸地方裁判所昭和三二年(モ)第八二九号担保取消申請事件、大阪高等裁判所同年(ラ)第二四九号同抗告事件)申請通りの決定を得て、それが確定していることは、本件記録ならびにそれに添附された前記本案事件及び右別件の仮差押申請事件の各記録に徴し明白である。して見ると抗告人は本案の確定判決を得た一〇〇万円の債権の内五〇万円の部分については既にそれを得たことを事由に別件で担保取消の決定を得ているのであつて、本件仮差押の被保全権利は前記の通り六〇万円であるから、本案判決を得た一〇〇万円中残五〇万円をもつては右被保全権利全部につき本案の勝訴の確定判決を得ているとはいえないことゝなる道理である。保全訴訟において債権者が債務者に対し立てしめられる保証は、単にその執行によつて債務者が被るべき損害ばかりでなく、その保全命令のなされること自体により債務者が被るべき名誉(信用)毀損による損害をも担保するものであるのみならず、仮差押命令に執行の対象となるべき不動産の表示がなされていたとしても、それは執行の申立を同時にする関係上その便宜のために表示されるに過ぎず、債権者の該命令による執行はあくまでも表示された被保全債権額に満つるまで可能であり、表示不動産の評価額によつて制限はされず、一旦債権者がその保全命令で執行した以上は、たとえその現実の執行目的物の評価額が被保全債権額に満たずして民事訴訟法第七四九条第二項所定の期間を経過したとしても保全命令はその不足額につき執行力を失わず、債権者は更に債務者の他の財産につき当該債務名義に基き執行することができると解すべきであるから、抗告人は結局本件仮差押命令の被保全債権の全部につき本案勝訴の確定判決を得ているとはいえず、抗告人の主張するような事由だけからは損害発生の蓋然性がないとは見られないのであつて、担保の事由が止んだとすることはできない。

よつて本件抗告は理由がないのでこれを棄却することゝし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用し、主文の通り決定する。

(裁判官 大野美稲 石井末一 藤原啓一郎)

抗告理由

一、民事訴訟法第七四一条の仮差押の保証は、不当な仮差押の執行により債務者に与えることのあるべき損害の担保である。仮差押の手続を裁判の手続と執行の手続に分けて考えるとき、仮差押の裁判は不当であつても、裁判を執行しなければ債務者に損害を与えることはない。からして、仮差押の裁判の手続には保証を命ずる必要がない。しかし、不当な裁判を執行するときは、債務者に損害を与える結果を生ずる。仮差押の保証は、この裁判の執行によつて生ずる損害の保証である。からして、仮差押の命令を得たが、その命令の執行をしなかつた場合、例えば債務者に差押える物がなかつた時、又は民事訴訟法第七四九条第二項の期間を徒過したときは、債権者は本案訴訟を提起して、保全債権の確認を求めるまでもなく、裁判所は保証の事由が止みたるものとして、保証の取消決定をすべきものであり、又現にしている。これは仮差押の保証が、裁判の保証でなくして、執行の保証であるがためである。(前野氏保全訴訟篇五〇頁以下参照)

二、民事訴訟法第五一三条の準用による、同法第一一五条第一項の担保の事由が止んだというのは、仮差押の執行に因り債務者に損害を与えていないことが、確実になつたことをいうのである。そうして、担保の事由の止みたることの証明は債権者が損害不存在の蓋然性を認むべき事情を立証すれば、それで担保取消は許さるべきものである。(吉川氏保全研究四五頁参照)

三、これを、本件について考えてみると、抗告人は、相手方及び外二名の者の共同不法行為に依り、壱千二百余万円の損害を被つたことを理由として、損害額の内金六拾万円の請求権を保全するため、相手方所有の神戸市兵庫区下祇園町一五〇番地上の家屋番号二一五番、木造瓦葺二階建居宅壱棟、建坪七坪七勺、二階六坪六合七勺に対し仮差押の申請をなし、その申請が認容され、右物件に対し仮差押の執行をなした。而して、この仮差押命令の請求金額は六拾万円であつたが、仮差押の目的物の価格は参拾八万七千四百参拾壱円に過ぎなかつた。(疏第二号参照)

四、抗告人は其後神戸地方裁判所に相手方及び外二名の者を共同被告として、前項仮差押の申請理由と同一理由を請求原因として損害賠償請求訴訟を提起し、相手方及び外二名の者は連帯して抗告人に対し金百万円及びこれに対する昭和三十二年三月十七日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払わねばならないとの判決を受け、この判決は確定した。(疏第一、二原決定理由参照)

五、抗告人は前項確定判決を債務名義として、第四項の仮差押物件に対し強制競売の申立をなし競売の結果、競売代金参拾八万七千四百参拾壱円の支払を受けた。

六、民事訴訟法第一一五条第一項の担保の事由の止みたることの証明は、損害不存在の蓋然性を認むべき事情を立証すれば、それで足りるものであることは第三項に於て申述べた通りである。而して、本件仮差押の保全金額は六拾万円であつたが、仮差押の執行をした目的物の価格は参拾八万七千四百参拾壱円に過ぎなかつたこと、抗告人は、本案訴訟を提起して金百万円の給付判決を受け、この確定判決で仮差押の目的物件を競売したものであつて、二つの事実は立証されているから本件仮差押の執行により、債務者に損害を与えていないものであることの蓋然性は充分立証されているものである。からして本件については担保取消決定がなされるべきものと信ずる次第である。

七、原決定は、抗告人が相手方に対し本件仮差押の外に神戸地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第四六〇号で有体動産の仮差押をしていることを持出し、有体動産仮差押の被保全権利は五拾万円であり本件仮差押の被保全権利は六拾万円であるから両者を合算すれば被保全権利は百拾万円となり、前記百万円の確定判決では被保全権利が全部確認されていないではないかというが(原決定の理由は難解であるが、以上の点をいうものゝ如し)第二項で述べた如く仮差押の保証は仮差押の執行に対する保証であり、仮差押の執行をなさなかつた場合には、被保全権利の本案判決がなくても保証が取消されることあるに顧みるときは、被保全債権が全部本案訴訟で確認されていなくても、仮差押の執行をした目的物の価格が、本案訴訟によつて確認された金額より少額であるときはその仮差押の執行は債務者に損害を与えていないものと看做し、担保取消決定をなされるべきものである。

八、なお抗告人が相手方及び外二名に対してなしたる、神戸地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第四六〇号有体動産仮差押に一言しておきます。相手方等は共謀して抗告人から千二百余万円を詐取したものであるから、衣類調度品等に相当の価格を有するものを所持しておるものと考え三名に対し五拾万円宛の動産仮差押命令を申請し、その申請が許容され神戸地方裁判所執行吏に委任し仮差押の執行をしたが、執行の結果は期待に反し、相手方羽賀田寛司の仮差押物件の見積価格は壱万八千円、共同不法行為者伊関治重の仮差押物件の見積価格は二万四百円、同上妻崎忠雄の仮差押物件の見積価格は六千百二十円であつて、これが競売々得金は、相手方の分壱万八千百円、伊関治重の分二万六百四十八万、妻崎忠雄の分三千三百三十七円に過ぎなかつた。

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